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Guardian

「こんばんはぁ!」
頬を赤く染めて五代が一条宅のリビングに駆け込んでくる。
「うぅ~っ寒かったぁ! あ、これお土産です。後でお茶入れるから一緒に食べましょうね」
そう言って小さな包みを一条の両の手のひらにぽんと乗せると、寒さにかじかんだ手をこすり合わせ、一心にぬくもろうとする。
「こんな寒い晩に・・・。電話すれば迎えに行ったのに」
このごろ五代にはとことん甘い、と一条は胸の内で自嘲する。掌中の包みを脇に置いて、五代の両手を己の手に包んで暖めている、そんな自分の姿に気づいてしまうと、なおさらその念が強まる。
だが、目の前の満面の笑み―――今はほんの少しはにかみを含んだ―――を見ると、はたからどう思われようと構うものか、という気持ちが込み上げてもくる。やれやれ、相変わらず重症だな、と一条は胸中でため息を吐いた。もちろん、それは少しも嫌なことではなかったけれど。
「バイクでは、寒かっただろう?」
そう一条が問うと、
「あったかいもん。・・・ここに来れば」
そう言って五代はくふふ、と嬉しげに笑った。
二十五の男が「もん」でもないだろう、と出会った当初は注意したものだったな、と一条は思う。
いつの間にか彼の言葉遣いにもすっかり慣れてしまって、今ではもう、言葉遣いだけでなく、些細な癖やしぐさに気づいて、逆にそれが嬉しくなる始末だ。
本当に重症だ―――と、また改めて思う。
こんなにも他人に心を開き、その存在を寄る辺とするようになるなど、思っても見なかった。
頼るものができると人間は弱くなる。だから、一人でいよう。そう心に決めていた。
それが、今はどうだ。
五代の来訪を心待ちにしている。
なんという変わりようだろう―――と、一条は自身の変化を思う。
それで、どうなった。俺は、弱くなったか。―――否。
確かに、五代を失うことを考えれば―――事実一度失いかけた―――足元がガラガラと崩れていくような恐れを感じる。
だが、その恐れがもたらすものは、怯堕ではない。
もたらされたものは、二度と失わないために戦う心。
守りたい、守りきると思い定めて。
五代の存在は、一条にとって新たな力の源となった。
思ってもみなかったことだ。彼との出会いによって、己が今まで抱いてきた信念が覆されてしまった。だがそれもまた、快い「衝撃」だったと、一条は思う。
それこそ自分は二十六にもなって、くだらない殻を自身の周りに築き上げて、その中から世の中を見ていたに過ぎない。その殻をあっけなく打ち壊して飛び込んできた五代、いま己の傍にいる存在を愛しいと思って―――愛おしんで、何が悪い。
だから、一条は五代を甘やかす。
せめて、己の傍にいるときは、世界の誰からも何者からも守りたいと―――守ってみせると心に決めて。
「何を持ってきてくれたんだ?」
もう暖まったから、と五代が身を離しキッチンへと向かう。先ほどの包みを手にその背を追い、手元を覗き込んで―――今日はお茶か―――菓子皿を用意しながら問いかける。
「奈々ちゃんがね、実家から送ってきたんです、どうぞ、って地元名物のお饅頭をお裾分けしてくれたんです」
奈々ちゃん、というと・・・ああポレポレにいた、あの、五代を「めちゃめちゃキュートな」とか何とか言っていた、あの娘か。
「地元って、どこの?」
「えっと確か・・・京都?だったかな」
慎重な手つきで急須を傾けながら、五代は首をかしげる。緑色の線が湯飲みを満たし、緑茶のいい香りが立ちこめる。
菓子皿に盛った饅頭と湯飲みをトレイに載せて、リビングへ戻る。どちらからともなく手を合わせ、「いただきます」と唱和する。
食膳の作法もすっかり嵌って来たな―――そう思って一条が五代を見やると、彼もまた似たようなことを考えていたのか、湯飲みを両手に包みながら、くすぐったそうに笑っていた。
一条がいつものように饅頭を二つに割り、中の餡から食べ始めると、五代の笑みはいっそう深くなる。
ああ、本当に―――この笑顔を守るためなら。
そんなことをまた考えている自分に気づき、急に気恥ずかしさを覚えて、一条はやや性急な動作で湯飲みを傾けた。
熱い液体が喉の奥を灼いて、思わず咳き込んでしまう。
五代はついに声を上げて笑い出して、―――それでも一条の隣に席を移して背中を摩り始めるのだった。


冬の夜は、静かにふけていく。
互いに抱く情念をことばにする術を持たない恋人達を包み込んで。

(2002.11.02)

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