ゆらりと闇が揺れるのを感じて、とろとろとした眠りの淵から浮かび上がる。
聞こえる衣擦れの音。
まだ力の入らない目蓋をむりやりに持ち上げる。
闇に慣れた目に映るはずの人影を確かめたくて。
「お帰り・・・」
唇が、思う間もなく言葉を刻んだ。
居心地よく上掛けを整えていた手がふと止まって、笑みを洩らす気配が届く。
「・・・起こしたか」
「んん。俺も寝たの遅かったから。・・・結構早かったですね、帰るの」
気配が動く。指先が前髪を梳いて、こめかみに流れていく。
「・・・この間の埋合せ」
呟きは、身動ぎする音にまぎれてしまいそうなほどで。
「明日から、・・・もう今日か。今日から2日、休みをもぎ取ってきた」
「・・・ホントに?」
「ホントだ。2日間、お前にやる」
「嬉し。・・・でも」
「ん?」
「許してあげないから」
「何を?」
腕を伸ばす。片肘をつき、半身を起こしたままの影に向かって。
濡れ髪をくぐって、うなじに届く手。
「風呂、入ったんだ? 気づかなかった」
「そうっと入ったから」
「そうっと?」
「そうっと」
子供のような言い様が、可笑しい。
含み笑いを隠さずに、うなじに置いた手に力を込めた。
近づく影。濡れ髪が頬に降りる。
胸の上の、重み。
回される腕の、温み・・・。
「五代・・・」
吐息が唇に触れて、顔を背けて逃れた。
「・・・なんだ」
「言ったでしょ?・・・許してあげない」
「どうして」
ささやく唇が耳朶を食んでいく。
首筋の、鼓動を刻む柔らかな肌をきつく吸い上げられて、喉が鳴った。
拒まれた口付けなど忘れ果てたように、喉許から鎖骨へと唇を滑らせるタチの悪い恋人を、頭を抱き込むようにして動きを封じる。
「許さない、ってば」
止まらない。
互いの含み笑い。夜気を震わせて。
「・・・だから。なんで」
「悪い子だから」
「ぁあ?」
心外だと、もがく身体をきつく抱きこんで圧し掛かり、頭のてっぺんにキスを落とした。
「オシオキしちゃおうかな? 悪い子には・・・」
「なんっ────」
抗議しかけた言葉が、ただ熱いだけの吐息になって胸にぶつかる。熱烈なキスが胸に降るみたいに。
「おい・・・っ」
「カワイイ。一条さん」
「・・・っの」
業を煮やしてもぎ離そうとする腕をとらえて────とらえようとして、とらわれる。
「あはは」
戒められた手首、あっさりと体を入れ替えられて、シーツに縫いとめられる。
「────いたずらっ子」
手首の戒めがほどかれて、合わされる手のひら。
絡み合う指。
目蓋の内側に、爪の内側に、甘くて熱いものが満ち。
「どっちが悪い子だ・・・」
溜息のように呟いて、再び降りてくる唇を、こちらも再び顔を背けて逃れる。
「────五代」
「許してあげないんだってば」
「だから、何をだ」
焦れたような声。
胸の奥から湧き上がってくる、震えとともに湧き上がってくる、笑みとともに、想いとともに、尽きることなく。湧き上がってくる 。
「ただいま、は?」
「あ?」
止まらない。
「ただいまのちゅーもしないで」
愛しくて、愛しくて。
「忘れんぼさん。・・・悪い子だよねぇ?」
「・・・・・・」
「────ね?」
見えないとわかっていて、小首を傾げて笑んでみせる。恋人の、その好む仕草・・・。
(2005.03.25)