「何を、見ているんだ?」
窓辺に腰を下ろして、五代はぼんやりと外を眺めている。
外は雨。
公園の木々の緑も雨に煙っている。
雨の日は、不思議に晴れの日よりも街に静謐な空気が漂うように感じられる。
胸の底まで、しん、とするような雰囲気。
それは俺が、雨の日に特別な感慨を持っているからかもしれない。
雨の日は―――あまり好きではない。正直にいって。
俺が五代に惹かれたのも、もしかしたら雨のせいなのかもしれないな、とふと思う。
五代の笑顔、夏の太陽のような、満面の。
雨の気配など微塵も感じさせない彼だから、惹かれたのかもしれないと。
そんな五代が、ただじっと雨の風景を眺めているのがひどく珍しく感じられた。
傍らに腰を下ろしながら、問いかける。
五代は外を眺めたまま答えた。
「雨を、見ていました」
「雨を」
「俺、雨って嫌いじゃないんですよ」
雨嫌いだと思われてるかもしれないけど、と微かに笑いながら言葉を継ぐ。
「雨上がりの空の色とかそりゃあ綺麗で。っていうと、やっぱり晴れのほうが好きなんじゃないのかってよく言われますけど」
俺はただ五代の言葉を待つ。彼は今・・・相槌を必要としていない。
「雨上がりの空の、綺麗な青を作ってくれるのは雨でしょう? 雨が、空気中の埃やなんかをみんな洗い流してくれるから。でも誰も、そんなにも綺麗な空を作ってくれた雨には感謝しませんよね。疎んじるだけで」
雨音とともに沁みこむ五代の声。
「でもね、当たり前のことなんだけど、雨は感謝されようが非難されようが、関係ないんですよね。誰が何を言っても降ってくるんですよね。自然現象なんだから当たり前だってわかってるけど」
感謝。非難。
「凄いな、と思うときがあるんですよ。人は、迷うでしょう? 誰かに何かを言われたり、非難されたり―――そんなことが続くと。だから」
人は、迷う。
「迷わない、そんな存在を、凄いな、と思うことがあるんですよ」
迷っているのは、君か? 五代。
「だから、雨が好きなのか?」
五代は、ふ、と微笑とも苦笑ともつかない形に口唇をゆがめた。
「―――そう、ですね・・・」
迷わない心を、欲しているのか、今、君は。
クウガとして戦って、無限の感謝とともに、人類の敵と呼ばれる無念さをも共に背負って戦う君は、今、なにを迷っている。
戦うことをか。
自らの存在をか。
「迷う、ことが嫌いなのか?」
「そうですね・・・あまり好きじゃないかもしれません。肝心なときにはこう、スパッと決断したいですよね。だって、カッコいいじゃないですか、その方が」
笑みの中に迷いを押し隠して。
垣間見せた揺らぎさえなかったことにしてしまうのか。
そうして一人、迷い続けて、いくのか。
五代。
薄い肩に腕をまわして抱き寄せると、素直に俺の肩に頭をもたげてくる。
その髪を梳きながら、顔を埋めて。
「迷うことが格好悪いなら―――俺はどんなに格好悪く見えてるだろうな」
「・・・一条さんが迷ってるとこ、見たことないですよ」
「・・・迷っているさ。君と付き合う前にも、散々迷った」
くす、と忍びやかに笑う気配。
「でも迷うことは・・・無駄じゃなかったと思える。迷わず諦めてしまっていたら、こうして君と過ごすこともできなかった」
迷っていたときは―――結構しんどかったことは確かだがな。
「人は、迷う生き物だ。それは間違いない。だがどんなに迷っても迷っても、常に最善の選択をしようとするなら、それは」
「もう、いいよ。一条さん」
肩から離れようとする体を引き留めて。
「どんなに迷っても、恐れることはないんだ。君の選択や、君の存在自体を不安視する輩も確かにいる。だが、俺は知っている。君がどんな思いで戦いに身を投じたかを。世界中がすべて君の敵に回ったとしても、俺は」
冷たい指先が口唇に触れて、それ以上言葉を継げなくなる。
静かに身を起こして五代は微笑む。
「もう、いいよ」
俺の言葉を封じたままで、穏やかな顔で俺を見つめる。
「それ以上言わなくても。・・・知ってるから」
見たことのない笑みを浮かべて。
そうして指先の代わりに触れた口唇のぬくもりを、俺はきっと忘れないだろう。
雨の日が、そして天から降るものが―――いつも俺から大切なものを奪い去ろうとする。
(2002.10.31)