初めての贈りもの
「勇利! 名前、決めたよ!」
ヴィクトルは勇利の隣に腰を下ろすと、ソファの座面に手を着いて、ぐっと勇利に顔を近づけた。ちぎれるように振られるしっぽが見えるようだなあと勇利は思った。
「名前……、ああ、赤ちゃんの名前、決めてくれたの?」
「ほかの何があるっていうんだい? 勇利はどうも赤ちゃんに対して冷めてるよね」
そんなことはないと思ったけれど、勇利は曖昧に笑ってやり過ごした。ザ・日本人。
ヴィクトルはちょっと頬をふくらませて怒ってみせていたが、それよりも、決めたという名前を開陳したい気持ちの方が心の大部分を占めているようで、そわそわと落ちつかなげだ。
こんな子供っぽいところも好きなんだよなあ、と勇利は苦笑しながら、「それで、どんな名前を考えてくれたの?」と水を向けた。
ヴィクトルは花開くように笑った。
「いいかい? 発表するよ? 赤ちゃんの名前は──」
「赤ちゃんの名前は?」
ドゥルルル、と口の中でドラムロールの音をまねて、ジャーン! と両腕を広げて。
「 !」
「 ……」
ヴィクトルにオウム返しして勇利は呟いた。 、 、と何度か口の中で音を転がして語感を確かめる。うん、いいんじゃない?
「どう? 気に入った?」
わくわく、という言葉を体現した夫に勇利は微笑んだ。
「可愛い名前だね。いいやすいし、呼びやすいし。日本人でも ちゃんているから、なじみもいいし。長谷津のお父さんたちも気に入ると思うよ」
「だろう?」とヴィクトルは得意満面にいった後、勇利のお腹に優しく手を置いて語りかけた。
「 。君の名前は だよ。パーパからの贈りもの。気に入ったかい?」
「ちょっとちょっと、ヴィクトル、男の子だったらどうするの」
「大丈夫、絶対女の子だよ」
「何でわかるの」
「勘!」
勘かよ……と心の中でツッコミを入れるに止めたのだが、顔にはばっちり出てしまっていたようだ。ヴィクトルはまたも頬をふくらませて、それから口を開きかけた。その機先を制して勇利は彼の手を取った。両手で彼の手を包みこみ、心持ち目を細めてじっと見つめる。家族になって二年の間に勇利が身につけた、精一杯の色仕掛けだ。
「ヴィクトル、女の子の名前を決めてくれてありがとう。でも、もしお腹にいるのが男の子だったら、パーパに呼んでもらえなくて寂しがるよ。男の子の名前は? 何にしたの?」
「え? 考えてないよ」
きょとん、といかにも意外なことをいわれたという顔のヴィクトルに、勇利は彼の手をパッと離して放り出した。色仕掛け、終了。
ため息をこらえつつ、腕組みして考える。さて、どう言ったものか。
アルファの中のアルファであるヴィクトルには、自身の能力への絶対的な信頼がある。女の子が産まれるという勘を信じて男の子の名前を考えなかったのも、その現れだ。
でも、その様は、ベータとして生まれ育ってきた勇利には過信に思えて、時に危うさを感じさせる。自分を信じるあまり、いつか足をすくわれてしまうのではないか、そんな風に案じられることがあるのだ。
「……ねえ、ヴィクトル。僕、悲しい」
「えっ」
ギョッとして勇利を凝視するヴィクトルからわずかに顔を背けて目を伏せる。小さく小さくため息なんかもついてみる。そして、丸みを増したお腹に手を当てた。
「この子が男の子だったら、いらないっていわれるんじゃないかって……男の子が産まれたら僕ごと捨てられるんじゃないかって……そんなことになったら、僕……」
「No!! 待って、勇利、そんなこと有り得ないから!」
悲鳴のような声を上げて否定するヴィクトルに、「だって」と尚も言い募ってみる。
「男の子の名前を考えたくないくらい嫌なんだろ? 女の子じゃなきゃ許してくれないんだろ?」
「違うよ! 嫌だなんてことないし、許さないなんていってないじゃないか!」
「だって男の子の名前、考えてくれないじゃないか……。ヴィクトルがこんな、男の子差別をする人だったなんて、僕……」
「ノォォォオ!!」
※続きは同人誌「未来に花を 手に愛を」に掲載しています